未開拓地ミャンマー!アジア最後の伸びしろを持つチャンス多き国

ミャンマー

アジア最後の開拓国

アジアの3国CLMという言葉をご存知でしょうか。

カンボジア・ラオス・ミャンマーの英語表記の頭文字を取った言葉です。
CLMと一括りに呼ばれることがあります。

CLMの一つであるミャンマーは昨今アジア経済において重要になってきています。

ミャンマーは軍事政権により長きにわたり国際経済から取り残されてきました。

経済発展には遅れを取りましたが、
現在、大きな成長のポテンシャルを残しているとも言えます。

市場開拓が進んだ東南アジアにおいて、
アジア最後の開拓国として、CLMは大きな注目を集めています。

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ミャンマーはインドシナ半島の西端にあります。

北の中国と西のインドの間にあり、戦略的に大きな意味を持っています。
タイランドとも国境を接しています。

人口は5142万人です。

ASEANではタイの6500万人に次ぐ5位です。

7割がビルマ族で残りは130以上の少数民族です。

2015年現在、北東部で中国系コーカン族武組織と、
北部でカチン族の独立軍との間で政府は紛争を抱えています。

また、バングラデシュとの国境地帯に多いイスラム系のロヒンギャ族が、
仏教系民族と対立して国外に逃避し、難民となる問題も生じています。

ミャンマーは、1948年にビルマという国名でイギリスから独立、
しばらくは民主政権の下で東南アジアの先進国として君臨しました。

タイよりも経済が発展し、シンガポールは当時の首都ラングーン(現ヤンゴン)を
都市開発のモデルにしたという話があるほどです。

1962年に軍がクーデターを起こし、
閉鎖的なビルマ式社会主義を採用してからは発展が止まります。

1988年には民主化運動が起こり、
リーダーとしてアウン・サン・スー・チーの名前が世界に知られました。

軍政はビルマ式社会主義を放棄し、
開放的な政策も試みました。

翌1989年には国名もミャンマーに改称されました。

しかし、スー・チー氏の自宅軟禁など民主化運動の弾圧が続けられた結果、
西側諸国から経済制裁を受け、開放政策は頓挫し、閉鎖的経済に逆戻りしました。

そのミャンマーが、2011年に民政移管を果たし、
世界経済への門戸を開いたのです。

半世紀にわたり停滞した経済の再興を図ることが、
民主化と開放の狙いであると考えられています。

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